植物の健康観察 - 植物化学のラマンイメージング
2020 年 12 月 21 日
ほとんどの人が、植物は存在するのが当たり前と思っているでしょう。確かに、植物はいつもその場所にありますが、果たして今後もずっと存在するのでしょうか。
植物は、地球上の他の種と同じく、気候や生息地の変化、都市化の進行に適応しながら進化しています。かつて植物には、外的要因に少しずつ適応する時間がありましたが、人間が主導する現在の変動ペースについていけるでしょうか。植物は、私たちが摂り込む酸素の 98%、食物の 80% を供給してくれる大切な存在であり、私たちの環境や経済に大きな影響を与えます。[1] このような大きな理由から、国連は 2020 年を、国際植物防疫年 (IYPH) と宣言しました。[2]
植物の成長や健康、病気への抵抗力に大きな影響を及ぼし得る要因はさまざまです。植物を観察し、起きている変化を検出することはとても重要で、目に見える症状が現れる前に見つけられるのが理想的です。そのためには、適切な分析技術が必要で、
ラマン分光は、まさに最適な手段です。ラマン分光は、高度に特異的な化学情報を提供することに加え、非破壊的であり、水中のサンプルを分析することもできます。生体外および生体内での生物学的プロセスを測定できます。
ここでは、レニショーの inVia コンフォーカルラマンマイクロスコープを使用した植物の研究を紹介します。このマイクロスコープは、植物組織の分析に最適な研究グレードの装置です。先進のハードウェアとソフトウェアにより、植物サンプルを高い空間分解能と特異性で画像化できます。
仁から木材まで
穀粒
穀類は、私たちの食生活における主要食材のひとつです。その構造と化学組成は、その産業加工性や、ヒトや動物の消化器系で分解される過程に直接影響します。
ラマンイメージングにより、仁の断面における成分の空間分布を明らかにできます。図 1 は、小麦粒の断面のラマンイメージを表しています。アルーロン層細胞 (中央)、デンプン質内胚乳 (左下隅)、アルーロン-果皮境界 (右上隅) など、粒構造の特定部分を容易に区別できます。[3] このような分布を解釈することにより、外部要因が植物やその種子に及ぼす影響を理解でき、その知見は、より丈夫な穀物品種の開発の下支えとなります。
代謝物
植物の組織に対する環境的、栄養的、機械的ストレスの影響を追跡できれば、植物の健康と発達への影響を明らかにできます。[4]
植物の組織や器官 (根、木、茎、樹皮、葉、種子など) では、さまざまな種類の代謝物が形成されます。代謝物の生産を観察および理解できれば、植物が環境変化に適応していく過程と、気候変動が植物の成長に及ぼす影響についての洞察を得ることができます。
その鍵を握るのが、シュウ酸カルシウムです。この代謝物は、組織内のカルシウムレベルを調節し、草食動物から保護し、重金属を解毒し、組織を増強し、光合成のための光の収集を支援します。その量、結晶形状、大きさ、機能は、遺伝要因と環境要因の組み合わせによって決まります。[5]
植物の組織や器官におけるシュウ酸カルシウム結晶の空間分布は、ラマン分光で簡単に調べることができます。図 2 は、イングリッシュオークの葉の光学イメージと、それに対応するラマンイメージを示しています。このラマンイメージはリグニンの含有量を示しており、複合中間ラメラ (CML) とセルコーナー (CC) で最も含有量が多いことがわかります。大型のシュウ酸カルシウム代謝物結晶は、葉の細胞の隅に存在しています (図 2B、シアン)。化学的特異性が高いため、ラマン分光を用いて、シュウ酸カルシウムの水和状態を調べることもできます。
木材
木は、私たちにとって本当に貴重な存在です。私たちが摂り込む酸素を作り出し、野生動物が生きていく空間を与えてくれるからです。また、紙や家具、建築物の生産にも使用されており、経済面での重要性も甚大です。
木材組織の複雑な構造を理解するほど、その機械的耐久性と、腐敗や生物攻撃に対する耐性が予測できるようになります。
木材を構成するのは主に、セルロース、ヘミセルロース、リグニンです。ラマン分光の特異性の高さを利用して、木質細胞壁の構造や組織を調べることができます。腐敗および生物攻撃への耐性は、抽出物と呼ばれる二次代謝物の存在に大きく依存します。
図 3 の画像 (A) は、オウシュウアカマツの断面におけるリグニンの分布を示しています。リグニンは、複合中間ラメラ (CML、中間ラメラ + 隣接する一次壁) と細胞隅コーナー部 (CC) に集積しており、二次細胞壁の下層 (S2) よりも高濃度です。画像 (B) は、セルロースの配向の変化を明らかにするために偏光レーザーを使用して生成されたものです。CML の隣に見える、セルロースバンドの密度が高い 2 個の小さな層は、二次細胞壁の下層 (S1) の存在を明らかにしているように見えます。
明るい未来
観察された環境変化は、ペースが年々加速しています。同じことが、植物にも当てはまります。新たな現実に上手く対応していくためには、これまでよりも迅速で簡便な分析方法が必要です。このような状況の中、植物の組織や器官の研究におけるラマンイメージングの役割は、重要性が増しています。なぜならこの技術は、画像の提供、化学的および空間的解析の実施、分子配向に関する情報の提供など、汎用性が高いからです。
ラマン分光を用いて得られた研究成果は、植物の健康に関する研究への新たな取り組みの突破口となり、欠けたパズルを埋める可能性があります。そこでは、inVia コンフォーカルラマンマイクロスコープが極めて大きな役割を果たすでしょう。
執筆者について
Anna Lewandowska, Application Scientist
ポーランドの Adam Mickiewicz 大学にて物理化学の博士号を取得。材料科学と分析法の両分野で優れた研究成果を挙げており、材料の調製と特性評価法の開発が専門。
ラマン分光に関しては 16 年以上の経験があり、不均一系触媒、固体材料、繊維、複合材料、セルロース、植物由来組織などを研究。リアルタイムで化学プロセスを観察するための GC/MS 測定との複合 in situ 分光に関する知識が広く、エンジニアリングにおける繊維や複合材のマイクロメカニカルテストにも in situ 法も使用。
参考資料
- https://www.yearofplanthealth.co.uk/why-plants-are-important
- http://www.fao.org/plant-health-2020/home/en/
- A.-S. Jskelinen, U. Holopainen-Mantila, T. Tamminen, T. Vuorinen, J. Cereal Sci. 57 (2013) 543-550
- H.J. Butler, M.R. McAinsh, S. Adams, F.L. Martin, Anal. Methods, 7 (2015) 4059-4070
- M.N. Islam, M. Kawasaki, Plant Prod. Sci. 17 (2014) 13-19